絵画論その28 “ちぐはぐ立体”にご用心

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世の中には様々な絵画の描き方があります。例えば同じ風景を描くにも、情緒的に描くのか、写実的に描くのか、さらに平面的に描くのか、立体的に描くのかなどがあります。

何かを写実的、立体的に描く場合、気をつけなければならないことがあります。それは「ちぐはぐ立体」です。(いつものように私が勝手に名づけました。)この概念はほとんど知られておらず、絵描きをはめる恐ろしい”罠”となっています。


「ちぐはぐ立体」を理解するためには立体的な絵と平面的な絵について意識しておく必要があります。一般的に、同じ「上下左右の位置がそろっている絵」であっても、平面的に描く方法と立体的に描く方法の二種類があります。

立体的に描く方法は、もともと平面でしかないキャンバスに、奥行きがあるように見せるため、あらゆる工夫を施します。例えば、写真を機械的に写しただけでは立体的にならず、実際には在るものを削ったり、無いものを足したりすることで立体感を出します。

平面的に描く方法は、立体的に見せる技術を使わず、太い線で描いたり、あるいは画材を大胆にアレンジして描きます。絵を習いたての人は自動的にこちらの技法で描いてしまいます。(技法を知らないのですから当然です。)

これらの違いは単に立体的に見せる技を使うか使わないかでしかないのですが、区別しておいて下さい。


さて、ちぐはぐ立体は立体的な絵を描くときに現れます。

①全体が写真のように正確(=上下左右の位置が合っている)
②立体的に見せるための技術を使っている
という二つの条件がそろった絵を見た場合、普通の人は、立体的で正確な絵が描かれていると判断してしまいがちです。

しかし、立体的な技法を使っているからといって、前後関係が正確に描けているとは限りません。つまり、①と②ができていても、前後が狂っている可能性があるのです。そして、実際に世の中にはそうなってしまっている絵がたくさんあるのです。

そもそも「立体的に見せる」というのは「前後感をつける」ということですが、前後感をつけたからといってそれが正確であるという保証はありません。このような「立体的な技法を用いている絵画内の、前後の処理が雑な部分」をちぐはぐ立体と呼ぶことにしましょう。



例えば、下図の左上の絵に陰影をつけて右上のように立体感を出したいのですが、上手くいかず、下のように歪な絵になってしまう、ということがあります。
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これは単純な図形ですから、立体感が上手く出てるかどうかすぐに自分で気付きます。描いている人は理想の立体になるように修正を加えるでしょう。

ところが、もっと具体的な絵の場合、(例えば静物画、風景画など)立体のつけ方がおかしいのに、習性されずそのまま完成品となっていることがあります。描いた人はもちろん、それを見た周りの人もおかしなことになっているのに気付かないのです。

実はこのとき、描かれている情報を、脳が無理矢理に「自然な景色」として解釈しているのです。本当は形が歪んでいたり、位置があべこべに描かれている絵でも、強引に処理してしまいます。この脳の処理は無意識に行われているため、ほとんどの人がちぐはぐ立体の存在に気付いていません。

誰も気付かないのなら問題ないのでは?と思うかもしれません。もちろん、「そういうちぐはぐな絵を描きたかった」という自覚や計算があれば何の問題もありません。、しかしほとんどの場合は「描いた人がただ気付いていないだけ」という状態です。この「自覚がない」というのが私が問題視したいところなのです。

たまたま私が気付いて、指摘すると、(やや時間をおいて)
「・・・確かにおかしいですね」
といったようにちぐはぐ立体に気付いてくれます。

しかも時間が経つにつれ「あれ?なんで私こんなすごいミスに気付かなかったんだろう」と言ってくれます。ちぐはぐ立体は「一度でも気付くと、その後ものすごく気になってしまう」という特徴があるのです。

普通に景色を描きたいのであれば、やはり描きたいものをあるべき位置に収めるしかありません。ちぐはぐ立体はそこに「収まっていない」という問題なのです。


あまり前後感が無かったり、多少ずれているくらいならよいのですが、実際には滅茶苦茶な場合がほとんどです。例えば、手前のものに比べて背景の山が手前にドーンと飛び出ていることがありました。私は見た瞬間にびっくりしてしまうのですが、描いている人も、他の観覧者も気にならないようです。
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人が一番繊細に情報を読み取ることが出来るのは「人の顔」でしょう。人は人の顔に敏感です。人の顔を描くのが一番難しいと言われるのはこのためです。上手くいっているかどうかの基準が厳しいため、人の顔を描くとちぐはぐ立体が表れやすくなっています。
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ちぐはぐ立体が起こる例として斜めを向いた顔の「向こう側」があります。奥に回っていかず、正面を向いてしまうことが多くあります。人の顔の場合ちぐはぐ立体に気付きやすいのですが、実際にはこのような歪みはどんな立体画でも起こっています。



ちぐはぐ立体にはいくつもの問題があります。

まず、「こういった現象が全く語られておらず、知られていない」という事実があります。絵画の評価でこういう観点から語られているのを私は聞いた事がありません。

次に、意味が分かりづらいこともあります。絵画教室の生徒にこれを指摘いるのですが、なかなかわかってもらえず苦労しています。

最大の問題が「自分で見つけるのが難しく、気付きにくい」という特徴です。自分で描いていて、ちぐはぐ立体が表れてしまっても、見過ごしてしまいがちです。

さらに「気付いても直すのが難しい」ということもあります。これは単純に技術的な問題です。例えば奥方向斜めに傾いた面は描くのが難しい、という事実があります。奥に向かわずに、手前にせりあがってそこに壁があるような絵がをよく見かけます。この解決方法は一言では言えません。

正しい音程が分からず、ずれた音程で歌ってしまう人の事を「音痴」と呼びます。身体の動かし方が不器用な方は「運動音痴」と呼ばれます。これらと同様に、ちぐはぐ立体も、「絵を見た人が、立体的なものの位置がずれていることに気付かない」という状態にあります。運動音痴にならって立体音痴と呼ぶことにしましょう。

立体音痴を克服するには、まず知識としてこの現象を知り、自覚することが必要です。さらに自分で気付けるようになるためには、自分の絵を時間をおいて見直したり、いろいろな距離、角度から見て疑いの目でチェックする癖をつけるようにしましょう。他人の絵なら客観的に見れるのでちぐはぐ立体に気付きやすいのですが・・・。

以前、全体絵画という概念を説明しました。全体絵画は枠内全体で一つの作品となるように調節してある、調和の取れた絵画のことです。この言葉を作った背景には、部分を寄せ集めただけでは絵画作品としては調和が取れないということがありました。

ちぐはぐ立体も同様で、部分ごとに立体感を出して描いても、絵画全体としては立体感がばらばらになってしまいます。全体として調和を保つためには、常に全体の中の一部であることを意識して立体を描く必要があります。

①②がそろった絵の場合、それがおかしなことになっているということを普通の人は疑うことはありません。こうなる可能性に気付いておらず、知識としても知らないから雑に扱ってしまうのでしょう。

私自身、これが現れていることに気付かずにいたことが何度もありました。描く側にはもちろん、見るだけの人にも、「ちぐはぐ立体」「立体音痴」という概念が広まってほしいと思います。

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