うさうさ堂blog

アクセスカウンタ

zoom RSS 絵画論その16 立体論W-空間を描くための心構え-

<<   作成日時 : 2012/03/02 22:42   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 10 / トラックバック 2 / コメント 1


絵画論の中の立体論の続きです。

・今回は「現実の光景は立体的で、空間が存在していることを意識することが必要」という話です。これは、「その場の臨場感(風や温度、匂い、音など)を何となく感じよう」ということではありません。絵を立体的に描くための技術として、対象の何をどのようにとらえるとよいか、という話です。
・実際に行われている様々な絵画技法より前の、前提や心構えに当たる話です。「実際にはどのように描けばよいか」は全く考えないので注意してください。
・以下にいろんな絵を出しますが、どれも「説明のための絵」です。実際の過程でこのような絵を描くことを推奨しているわけではありません。勘違いしないように願います。



▼課題:立体の光景をどのようにとらえるか
例えば、あなたが下のような景色を見て、これをそのままキャンパスに描くことになったとします。どこに注目しますか?

画像



おそらく、手前のジュースやリンゴ、鳥かご、家、遠くの山々と空の雲などに目が行くでしょう。これら全てを上手に、しかも効率良く描くには一体どうすればよいのでしょうか。


▼ものだけだと不十分
不慣れな方は、目に見えることばかり意識して、それを描いてしまう傾向にあります。すると、自分の頭の中で、ものを都合のいい場所に引き寄せてしまいます。つまり、本来描くべき場所を別の場所に変えてしまうのです。その結果、個々のものは描けていたとしても、配置がバラバラになって、絵がごちゃごちゃになってしまいます。

立体絵画は全体で一つです。ものを一つずつ描いていく方法は非常に難しいことになります。ものだけでなく、ものが存在している位置についても併せて考える必要があります。

ものの位置関係を上手くつかむためには、その間の空間を認識することが大切です。ものの間に、描く対象物が無い「広がり」がぎっしりと詰まっています。隙間、または空気がある部分と言った方が分かりやすいかもしれません。そこが空間です。以前「地と図」という表現を使って説明した通りです。


▼空間を意識する理由
話のとっかかりとして空間を「バランスをとるため」だけのように紹介してしまいました。しかし、空間を意識する理由はそれだけではありません。

「もの」と「もの」との間、隙間には空気があります。普通はそんなことをいちいち意識しません。それは何も見えないからです。ところが、何もないからといって、絵を描くときに無視していいかというと、そうではありません。少なくても立体絵画において、何もない空間は注目すべき要素です。

これは数字の「0」のようなものです。数学は凄く昔からありますが、「0」という数は受け入れられるまでに凄く時間がかかりました。それは簡単な計算をするだけならば必要なかったからです。しかし、「0」という考えを取り入れることで数学はさらに発展しました。今ではだれでも当たり前のように使っている、欠かせないものです。

「空間」も同じです。何もないことを絵の中に現すことは、目に映らない事象を表現することです。もし上手く表現することが出来れば、隙間に風が通り抜け、光が当たり、ものの裏に手が回り、触れるような感覚が走ります。空も大空を覆い、海の向こうから船が近づきます。このように、時間や動きも再現しやすくなり、五感を刺激する可能性も出てきます。絵に空間を与えることで、多彩な表現が広がります。

立体的な絵画を描くことは、この「空間」をどうにかして表すことだと(ここでは)思ってしまいましょう。


▼空間をまとめてとらえる
位置のバランスをとるためにも、空間を認識することが必要だと分かりました。それでは、注意して、「もの」と「隣のものとの空間」を順番に描いていけば良いのかというと、そうではありません。一つずつ順番に見て、全体を収める方法は簡単ではないからです。関係が増えるほど複雑になり、混乱していきます。あまり現実的ではありません。

そこで、初めに一度、描く全ての対象のものに対して意識をかぶせてしまう方法を、私は提唱します。まとめて一つにしてしまうのですが、ただまとめるだけでなく、「かぶせる」ところがポイントです。布をかぶせる感覚です。私は魚を採る時の投網のようなイメージを抱いているので、「投網掛け」と呼んでいます。

画像
かぶせてしまう


世の中にはものがたくさんあります。(今更ですが、ここでいう「もの」とは言葉で説明できるようなものです。)例えば上のイラストの景色では、手、コップ、ストロー、リンゴ、鳥かご、家、道、山といったものがあります。ところが、投網掛けという方法では、それらの区別を取っ払ってしまいます。描く世界を、大きな1つのカタマリ、1つの凹凸として見るのです。前回「ものをカタマリとしてとらえる」という話をしましたがそれの上級版です。

もう少しく丁寧に言うと、まず自分が腕をぐーっとどこまでも伸ばすイメージをします。そしてその腕で景色の広がり、大きさ、空気の量などを包み込んでしまうように意識します。見る対象がずっと広がっている水平線や大空であったとしても、無理やり丸めこんでまとめます。これらものも空間も併せて、全てを1セットとして対象を見る癖をつけてください。

画像
左の光景に対し、右上のようなことを想像し
(実際にかぶせる必要はない)、右下のようなことを意識する


ただ、注意してほしいのですが、立体を把握するのに意識するのは空間のほうです。地と図で説明したように、意識を、ものを包んでいる空気のほうに切り替えるのです。慣れると、頭の中でスイッチを入れる要領で出来るようになります。ものを見るほうは日常的にしていることなのでこれ以上強く意識する必要があまりありません。空間のほうだけを見ることで、より強く立体をとらえることが出来ます。

「もの」は言葉で示すことが出来る形態で、左脳的。「空間」は一言では言い表せないような難しい形態で右脳的と言えます。世間で、「絵を右脳で描け」と説明しているのもこういう理由からでしょう。絵画(特に立体画)は右脳に意識的にチェンジしないと描けない、ということです。意識を切り替えると言うのはそういう意味です。


画像
意識を切り替える


▼自分の中に取り込む
さて、こうやってまとめたものを、自分の中に取り込む感覚を抱き、絵の中に表現していきます。この辺りの方法は一つではありません。感じ方の違いが「〜派」と呼ばれる各絵画の潮流になったり、表現方法の違いが各種の絵画技法となっていきます。

例えば、光を重視して感じる印象派、幾何形体で構成されていると見るキュビズムなど、色々な方法があります。色々な方法がありますが、自分の中にある感覚を表現するという意味ではどれも同じと言えるでしょう。いずれにせよ、この「自分の中にとりこむ」という実感がなければ、対象を立体的に描けるはずがないとさえ、私は思うのです。(立体的な絵画の話だったことを忘れないでください。)

この感覚を大切に思うが故に、昔から多くの画家たちが「写真を見て描いたのでは不十分だ。実物と向かい合いなさい。」と言っているのだと思います。技術的な問題ではなく、空間と向かい合うことの楽しさを伝えたいのでしょう

例えば、見える範囲の空間の量を考えてみましょう。視野は円錐状に広がっています。近くの空間はそう多くありませんが、遠くに行くほど多くなります。開けた風景などではそれがよくわかります。近いか遠いかによって、見えるものを覆っている空間の量が全然違うということが意識出来ます。これも実物と直接向かい合うことでわかることです。

画像
空間の量を感じる


前々回、写真が絵画に新しい展開とさらなる大きな可能性を与えるだろうことを期待しました。しかしこの空間を感じることだけは写真から得ることが難しいと思っています。


▼組織化と規格化
さて、投網掛けという方法を紹介しましたが、これには利点があります。景色を「組織化」と「規格化」して見ることが出来るのです。また勝手に私が名付けました。順に説明します。

まず組織化です。対象の景色にはいろいろなものがあり、それらを全て、一つの簡単な凹凸の集まりとしてとらえるというのは前述の通りです。これにより、全体の構造を大まかにつかむことが出来ます。景色を大まかにつかんでしまえば、あとの作業はこれを細かく割っていく作業になるのです。これは絵に混乱が起こらないので、比較的楽に描くことが出来ます。冒頭の位置がずれてしまう問題も、この方法を使えば解消されるはずです。

画像
単純にしてしまう


組織化という考えでは、絵を一つの大きな塊に見立て、そこから部分に割ったり無駄な部分を削っていくように作業をします。足し算ではなく、割り算や引き算の感覚です。これは彫刻家が原木からいらない部分を切り出していく作業と似ています。全体の流れ、特徴が分かり、いくつかのグループに分かれていることにも気付きます。

前回、ミカンを削るように描いていく話をしましたが、それを景色全体でもするということです。

画像
ざっくりと把握する


全体の大まかな構造→いくつかの特徴あるカタマリ→各グループのさらに小さなグループ→…

と対象を整理しながら描くことができます。


次に規格化です。規格化は、ひとまとまりにした対象のいろいろな最大最小を確認することです。決められたキャンバスに対象物を入れる場合、全体の中でどこが「一番」かを押さえておくと描くのが楽になります。

「一番」とは何かというと、どこが一番出ているか(=自分に近いか)、凹んでいるか(=遠いか)、どこが一番明るいか、暗いか、濃いか淡いか、大きい小さいか、上下左右、強い弱い…などです。個々の両極端を押さえておきます。これらが先に分かっていれば、あとの全てはその端と端の間にあることです。こちらも単純化と同じように、いろいろな要素の程度を、自分で整理しながら描いていくことが出来ます。

具体的には「この瓶の明るさは、布より暗く、壁よりは明るい、…。手前の人形の足先は隣のヤカンの底と取っ手の間ぐらいだ…。」といったように、いろいろ比較をしながら考えていきます。


組織化と規格化のどちらにも言えるのが、「一つの部分だけ見るのではなく、常に絵の全体を見ることになる」ということです。ある部分を描くとき、それ以外の部分も見て、終始バランスを取りながら描いていくことになります。

そして、これらを行うと、「ものとものの関係」が明確になり、「ものとものの間の形」も意識に上ってくるようになります。意識の上で図と地が逆転し、空間の形が自分の目に見えてくるようになります。これにより立体の表面を構成している面の角度(傾き)がはっきりわかります。これが大切なことなのです。



▼立体は視覚で感じるのではない
空間に注目して景色をとらえるという説明をしてきました。ところで、皆さんはこの「景色をとらえる」ことを「観察する=よく見る」という意味でとっていたかもしれませんが、実はそうではありません。「景色を触る」のです。

立体をとらえるには触覚を使います。といっても実際に手を出すわけではありません。運動神経と言った方がしっくりくるでしょうか。景色を見るときに、手に触れた時の筋肉の変化、動感覚を想像して、意識します。また、映像よりも、それを見る時の眼の筋肉の動きに注意するのです。これで立体を感じ取ります。むしろ、「立体をとらえるには視覚情報は使わない」とまで言ってよいと私は思います。

これまでの絵画論で「触れるような絵」という表現を、時々使っていました。(今回も初めの方でも使っています。)今まで読んでこられた方は「?」と思っていたかもしれませんが、それは景色をこういう風にとらえていることに由来しているのです。


▼立体は触覚
触覚でどうやって立体をとらえるのか、もう少し具体的に伝えてみます。

画像
腕を伸ばすイメージ


先程、「対象に上から大きく布をかぶせる」と説明しました。かぶせた上には何もない空間があります。自分の目とものの間は、空間があり、ものをなでる(イメージをしている)時は、この空間を通じて行っているということを重視してください。

体はじっとしたままですが、被写体まで、視線とともに手を伸ばす感覚を持ちます。場合によっては、遠くの山や空といったはるか遠くまで手を伸ばします。手を伸ばして、曲がったものの表面をなでるとします。このとき、その表面までの距離が変わるので、腕を伸び縮みしながらなでることになります。この腕の伸び縮みの感覚が一番大事だと私は思うのです。手の伸び具合の仮想感覚を大切にします。この身体感覚が立体把握では欠かせないものです。

また、前回解説したように、立体は面で表せます。目の前の被写体もたくさんの面で構成されています。ひとつひとつの面は、いろいろな方向に傾いています。それを、伸ばした手で触り、感覚を確かめていきます。また、同時に重さや質感も感じるようにします。非常に比喩的な表現なので詳しい説明はつらいのですが、ものをとらえる感覚として、私はこうしているのです。

個人的に、これらの感覚を味わうことも、絵を描く一つの醍醐味だと思います。広がりを、手を動かして、絵にして、実感する。漠然と流れていくだけのこの現実世界を、身体を通すことで絵に転化させ、さらに自分の脳にも実感させることができるのです。「絵を描くことが癖になるのは快楽だから」と言われますが、それがわかると思います。「体を動かす楽しみ」ということではスポーツに近いのですが、それは景色を観察する時から始まっているのです。




▼空間の厚みの違い
話題は少しずれますが、空間(≒前後)があることによって生じる錯覚について話してみます。2つの同じ風船が、目の前の手前と少し奥にあるとします。この2つは同じ色だと、普通は思います。

しかし、目に入る各々の色は本当は違っているはずです。光が当たってる量や、目に届くまでの空気の厚みが微妙に違うからです。といっても、それはものすご〜く小さい差なので、それに気付くことはありません。写真に撮ってじっくりと比較すれば、分かることしれません。

画像
同じ色?違う色?


それでは、その理屈をもとに、よ〜くじっくり観察すれば、その色の違いが分かるでしょうか。実は、注意しても、色の違いを認めることはなかなかできません。この差を感知するのは非常に難しいことなのです。

それは、人は見たものをそのまま認識するのではなく、脳で情報を整理してから認識するからです。そのおかけで、写真では明らかに違う色に写るような風船でも、同じだと判断することができるのです。私たちが日常をスムーズに過ごすことが出来るのは、脳が勝手に映像を解析・処理しているおかげです。

ところが、絵を描くときに、この脳内の処理が邪魔になってしまいます。目に飛び込むまでは違う色だったはずなのに、脳が同じだと指令してしまうからです。錯視の一種と言っていいでしょう。先程の風船の例では、もしも脳が判断した色のままに塗ると、どちらも同じになってしまい、絵に前後の感覚が失われてしまいます。

よく見ても正確に写せないことがある、ということです。風船はわかりやすい例ですが、同じことが景色の随所で現れます。これは微妙に異なる場合に限りません。明るいところと暗い所にある二つのものの場合、かなり違う色であるにも関わらず、同じ色で塗ってしまうということもあります。

これらは写真に撮って、その部分を切り取って、並べて比較すれば、色が全然違うということに気付くはずです。しかし肉眼で見ているときには分かり辛いことことのようです。見れば見るほど同じに見えてしまうので、空間の差がつかなくなってしまいます。これは個人の能力差というよりも、人の体がそうなっているからです。

このため、立体を描きたければ、意図的に差をつけるように気を付けなければなりません。理屈で絵を描くことに抵抗がある人もいるかも知れませんが、目や脳の機能を考えると仕方が無いことなのです。(そのほうが早く正確に描けると言った方がいいかもしれません。)前回、もののカタマリの中でそのようなことをしてしまい、ものがつぶれて見えてしまう…ということをお話ししましたが、ものとものの間にも全く同じことが言えるということです。


▼色は変わっていく
さらにこんなことも考えてみます。細長く少し濁った水槽にパイプを入れます。パイプは奥にいくに従ってぼんやりとしていきます。これはパイプを覆っている水の厚みが光をさえぎるからです。同じことが景色を見た時にも起こります。空気(大気)の厚みがものを遮っているため、遠くのものはかすんで見えます。この原理で遠くのものを少しぼんやり、薄く、弱く描く方法を、「空気遠近法」と言います。

画像
色はどうなってる?


現実の空気は水槽の例のように極端に濁ったりはしませんし、いつも遠くを描くとは限りません。しかし、これは常に注意してほしいのです。それは「ほんの数センチメートルの間でも前後の差はある」からです。また、その厚みの差が色の差になります。

つまり、一つの単色なものでも、手前の部分と奥の部分では色が違っているはずだと思ってほしいのです。前回、「蟻がはうぐらいのスピードでものを見る」と書きました。それは、究極的にはそのくらいの距離でも目に届く色がどんどん変わっていく、ということでもあるのです。ここまでくると少し「病んでる」と思うかもしれませんが、そうでもありません。気付きにくいことのようなので、絵を立体的に描くためには必ず意識してほしいことです。(現実にどうやって描くかはまた別の話です。)



もう一度この景色をご覧ください.さっきまでは気付かなかった、ストロー内、鳥かご、窓の向こうの空間や、赤色の比較でものを見れるようになったでしょうか。景色の見方の参考になれば幸いです。

画像



まとめ
・ものよりもそれを覆っている空間に意識を向けてほしい
・立体空間は身体感覚でしか理解できない
・空気の厚みの差が存在する

次回で立体論を終える予定です。

うさうさ堂の絵画論の一覧<絵画論記事のまとめ>

推敲担当:詰め込み過ぎて大変なことになってしまった。

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 10
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた 驚いた
面白い 面白い

トラックバック(2件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
<絵画論記事のまとめ>
これまでの絵画論の記事のまとめです。 ...続きを見る
うさうさ堂blog
2012/03/03 17:41
絵画論17 濃淡で立体を見る
前回、今回で立体理論は終わりとアナウンスしましたが、間違いでした。 まだまだ説明したいことがあります。 あと何回続くかわからない状況です。 ...続きを見る
うさうさ堂blog
2012/05/31 22:57

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
「物に布を被せる感覚」は面白いですねぇ・・・初めて聞きました。西洋式の物の捉え方ですねぇ・・
この逆をやると日本的な表現になるのかなぁとも思いました。
マミケン
2012/03/22 11:50

コメントする help

ニックネーム
本 文
絵画論その16 立体論W-空間を描くための心構え- うさうさ堂blog/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる