うさうさ堂blog

アクセスカウンタ

zoom RSS 絵画論その6 地と図は2つで1つ

<<   作成日時 : 2009/05/07 14:40   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 3 / コメント 1


前回「もの」と定義した、「形のある何か」→「形に見える何か」→「ふだん見慣れた形がものに見える」ということを少し掘り下げてお話します。

A図の左をご覧ください。一般的に黒い部分を人間の横顔として認識すると思います。
画像


(*よくこの手の話で出される通称「ルビンの壺」(図A右)の話ではありません。)

これは今までの経験に照らし合わせて脳がより見慣れた形に意識を合わすからだと考えられます。
図の黄色の部分は言葉で他人に説明しづらい意味を持たない形であることを確認してください。
このいつも見慣れている形も「もの」と認識する要素の一つです。
このように、私たちの脳は前回お話した閉じられた(囲まれた、まとまっている)形と見慣れた形のみを常に意識しているようです。
A図で地の形(黄色い空間)を見続けることは大変難しく、油断するとすぐ黒の横顔が目に入ってしまいますね。この時、黄色い空間は意識することができません。

私たちは同時に地と図を意識するということができません。だから、せめて地と図を交互に見てあげましょう。そうすれば両方合わせて空間認識をすることができます。この作業が絵を描く場合、大変重要なことの一つなのです。

(ルビンの壺は地も図も(白い部分も黒い部分も)両方とも意味のある形になっていて人の顔に見えたり、壺に見えたりするというものです。ものともの以外という考え方から見れば非常に特殊な絵と言えます。)

▼何故絵を描くのに「もの」以外の形も必要なのか
音楽で例えてみるとわかりやすいかもしれません。
図=もの=音 地=もの以外=休符(間合い、音と音の間)と考えてみます。
絶え間なく音だけをただ鳴らしているだけでは、いくら音階や音色を変え、強弱をつけても何の曲かわかりません。
(わざとそのような演奏、表現をしている場合は別)
では音と音の間を適当に開けばいいかというとなんとなくでは曲はわかっても気持ちいいものではありません。
やはり正確でなければいけません。
これはリズム感が無いということですが絵の場合でも「バランスが悪い」(調子が合っていない)ことと同じなのです。

Bの図をご覧ください。
画像


絵を普通に見ると「もの」(主体)はお皿の上に載ったリンゴ、バナナ、カップですが言葉上の(頭の中の)常識の「リンゴ」、「バナナ」ではなく、閉じた空間であるところのものという目で改めて見直してください。そのように意識することで「もの」以外の形が見えやすくなるからです。そしてその形を正確に認識することでどんな複雑なものや空間でも混乱せずに楽に絵を描き進めることが出来るのです。(もちろん、だからといってうまい絵、いい絵などの芸術論とは別であることは言うまでもありませんが)

地と図がまるでジグソーパズルのコマのように画面全体を隙間なしにびっしりとはまっていく様子を想像してみて下さい。
画面を埋めるためには、どちらも優劣なく重要な形なのだということがわかります。

Cの図をご覧下さい。
画像


一つの「もの」の中にも地と図があることがわかります。カップとお皿、リンゴとお皿、スプーンとバナナがお皿に対して作る形など今まで見たことのない不思議な形が見えてきますね。
さらにCの下図ではカップやリンゴ、バナナの中にある明るい部分と暗い部分の形も同じ原理が働いているのがわかると思います。
例題がイラストなのでそれ以上は無理ですが細かくなっても同じことが言えると思います。

絵を習うと先生はよく「ものをよく見て描きなさい」などと言います。これには<その「もの」と接している周りが重要ですよ><普通意識しないところにも注意を向けてください>という意味も込められていると思います。

次回は趣向を変えて「イラストの仕事(仮)」というお話です。
編集から:文字を大きくしました。ごちゃごちゃと説明してきたこの話もひとまず終わりです。話す順序が滅茶苦茶だった気もしますがお許しください。個人的にはジグソーパズルの例が一番しっくりくるような気がします。

うさうさ堂の絵画論の一覧<絵画論記事のまとめ>

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 2
なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ガッツ(がんばれ!)

トラックバック(3件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
絵画論その9 「十兎図」 -絵画の段階的変化-
絵を描くことは、筆記用具があれば誰でも始めることが出来ます。 ...続きを見る
うさうさ堂blog
2010/05/20 23:35
<絵画論記事のまとめ>
これまでの絵画論の記事のまとめです。 ...続きを見る
うさうさ堂blog
2010/09/09 14:53
絵画論12 続、構図の秘密 -幾何現象・視線-
これまでのまとめ→<絵画論記事まとめ> ...続きを見る
うさうさ堂blog
2011/03/21 22:53

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
僕は絵を描く時、あまり残った形は意識してません。ただ「平面としての絵」としては、残った形の大切な要素であるのには変わりありません。

ルネッサンス以来、西洋絵画では、立体物をどう「平面である絵画」に押し込めるかを追求していた。ただしパリ万博でニホンという東洋の劣等国から送られてきた展示用の壺のクッションに入っていた紙ゴミの多色木版には誰もが目を見張った。そこには、平面的な線と色面ですべてを表現していたのだ。「あ、絵画って所詮平面だったんだ!」印象派以後の画家たちは、数世紀ぶりに絵画を平面として意識して絵画を描き出したのだ。

「物の残りの形を気にする」のは、けっこう日本的な物の見方なのかもしれない。
マミケン
2009/06/25 13:07

コメントする help

ニックネーム
本 文
絵画論その6 地と図は2つで1つ うさうさ堂blog/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる